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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)714号 判決

原告 六島好雄 ほか八九名

被告 兵庫県

代理人 白石研二 青柳允隆 中島義宜 ほか八名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、別表「請求額」欄記載の各金員及びこれ(ただし、丁事件原告についてはその内金二八六万円)に対する訴状送達の日の翌日(甲事件原告については同五五年七月一六日、乙事件原告については同五六年一月二八日、丙事件原告については同年一月九日、丁事件原告については同六一年五月二三日)から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  被告敗訴のときは、仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも富国地所株式会社(以下「富国地所」という。)から直接、又は富国開発株式会社(以下「富国開発」という。)を売主代理人として、別表「購入地」欄記載の各土地を同表「契約年月日」欄記載の日に購入したものである。

2  原告らの右各土地購入の際、富国地所あるいは富国開発の販売担当者から、甲事件及び丁事件原告らは、「各土地につき宅地造成し、上下水道及びガス、電気設備を完備して引渡す。当該土地はいずれ交通至便となり、地価高騰は間違いない。」旨の説明を、乙事件原告らは、「各土地につき水道及びガス、電気設備も敷設される予定であり、住宅ないし別荘地に最適で、坪当たり五万円以上の価値があり、更に高騰する見込みがある。」旨の説明を、丙事件原告らは、「当該土地は市街化調整区域に指定されているが、二、三年のうちに右指定は解除され、宅地として自由に使用しうる土地である。」旨の説明を受けた。

3  ところが、富国地所は、甲事件及び丁事件原告らが購入した土地について宅地造成工事を完成させないまま同五四年一二月一六日事実上倒産したが、そもそも同会社は、当初から右工事を完成させる能力を有していなかつた。また、乙事件原告らが購入した土地は実際には一平方メートル当たり四八三〇円の価値しかなく、丙事件原告らが購入した土地は住宅地として利用できないものであつた。しかるに、富国地所及び富国開発はこれらの事実を熟知しながら、原告らに前記のような誇大、虚偽の宣伝をして右各土地を購入させ、原告らに多大の損害を与えたものである。

4  富国地所及び富国開発はいわゆる富国グループに所属する会社であり、その中心となる富国地所は神戸市を本店所在地、代表取締役を岩崎昭二(以下「岩崎」という。)として設立され、兵庫県知事(以下「知事」という。)から昭和四六年八月二四日、宅地建物取引業法(同五五年法律五六号による改正前のもの、以下「法」という。)所定の免許を付与され、同四九年八月二四日、同免許の更新を受けた宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)である。

ところで、知事は、法一条の立法目的に基づき、兵庫県の区域内にのみ事務所を設置して宅建業を営もうとする者に対し、所定の基準に従つて免許を付与(法三ないし五条)し、免許を付与した宅建業者に対して、所定の事由がある場合には、必要な指示(法六五条一項)、業務停止(同条二項)、免許取消(法六六条)などの行政処分や指導(法七一条)をする等の監督権限を有するところ、富国地所に対して次項以下に述べるとおり監督権限を行使すべき業務を負つていたのに、故意又は過失によりこれを怠り、富国地所に漫然と営業を継続させたため、同会社は前記1ないし3の不法行為を行い、原告らに損害を被らせたものであるから、知事の給与その他の費用を負担する被告は、知事の右監督権限不行使にために生じた後記損害につき賠償責任を負う。

5  富国地所が開発、分譲した東条湖ハイランドの土地購入者の一人から昭和四七年に知事に対し、同会社が土地造成完成の価格で販売しながら一向に造成せずに放置している旨の苦情申立がされた。このような大規模な分譲の場合、他にも多数の被害者が発生することは容易に予想されるから、知事は苦情申立を受けた時点で直ちに法に基づく規制権限を行使して事故を未然に防止する義務があつたにもかかわらず、これを放置した。

6  仮に、同四七年の時点で知事に右作為義務が発生していなかつたとしても、同四八年一〇月一六日の富国地所に対する聴聞実施直後に知事の右作為義務が発生した。

知事は、富国地所を含む富国グループからの購入土地について、四名から次のとおり苦情申立を受けた。すなわち、同四八年七月二三日、家永光清から、開発許可のない土地を飲料水及び電気の設備を同四九年三月までにする旨の約束で買受けたのに履行されなかつた旨、同四八年九月一一日、見並厚から、物件説明書の記載が極めていい加減である旨、同日、富田幸一から、土地の所有名義を偽り、前金保全の措置をしていない旨、同月一六日、手島昇から、山崎幸子の購入土地につき、物件説明書に登記簿上の権利関係等重要事項の記載がなく、所有名義を偽つて売却し、前金保全の措置をしていない旨の苦情申立を受けた。

そこで知事は、富国地所が法三条一項、三二条、三五条、四一条、四四条及び四七条一号に違反し、法六五条二項二号に該当するとして、同四八年一〇月一六日に富国地所に対する聴聞を実施することに決定したが、その後さらに浦川一夫から、重要事項の不告知及び業務に関する禁止事項違反の苦情申立を受けたので、これも合わせて聴聞を実施した結果、富国地所が富田幸一に対して前金保全の措置をしていないこと、建設大臣免許を取得していないのに、二府県にまたがり本店、支店を有する旨表示したこと、三田ハイランドの分譲地につき、登記名義を偽つて不実のことを告知したこと、一部の物件説明書に重要事項を記載していないこと、飲料水及び排水施設等の整備予定に関して不実のことを告げていたことが判明した。

これらの苦情申立及び聴聞の結果から、富国地所の法違反など不正な取引活動による被害者が多数存在することが容易に予想できたから、知事は新たな被害の発生を防止するために、聴聞実施直後に富国地所に対して業務停止又は免許取消の処分をすべき義務があつた。ところが右聴聞実施後、知事の法に基づく監督権限に属する事務を分掌する兵庫県建築部建築振興課宅建業係の当時の係長高畑俊明(以下「高畑係長」という。)が岩崎から請託を受けて、法所定の行政処分をせず、同四九年一月下旬岩崎に対して行政処分をしないことを確約し、もつて、知事において右義務を怠つたものである。なお、その後高畑係長はこれにより岩崎から賄賂を収受した。

7  原告らは、知事の権限不行使により、別表「適正価額」欄記載の価値しかない各土地につき、同表「合計支払額」欄記載の金額を支払い、同表「損害額」欄記載の損害を被つた。

また、原告らは本件訴訟の提起及び追行を訴訟代理人に委任し、その報酬として同表「弁護士費用」欄記載の金額の支払を約した。

8  よつて、原告らは被告に対し、別表「請求額」欄記載の各金員及びこれ(ただし、丁事件原告についてはその内金二八六万円)に対する訴状送達の日の翌日(甲事件原告らにつき同五五年七月一六日、乙事件原告らにつき同五六年一月二八日、丙事件原告らにつき同年一月九日、丁事件原告につき同六一年五月二三日)から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は知らない。

2  同4のうち、富国地所及び富国開発が富国グループに属する会社であること、富国地所の代表取締役が岩崎であること、同会社の法所定の宅建業免許の取得及び更新の時期については認め、その余は争う。

およそ、公務員の不行為を違法として国家賠償責任を問うためには、当該公務員に作為義務が存在しなければならず、かつ、その作為義務は単に職務上の義務では足りず、被害を受けたとする者に対する具体的な義務であることを要するところ、知事が法により付与された権限を適正に行使する義務は、行使目的達成のために一般国民に対して負う抽象的な行政上の義務であつて具体的な法律上の義務ではなく、かつ、知事が右権限を行使することによつて享受しうる国民各自の利益は反射的利益にすぎないから、知事に対し法所定の権限不行使を理由に国家賠償責任を問うことはできない。

また、知事が法に基づく監督権限を行使するか否かは、その合理的な判断による裁量に委ねられており、法違反事実が存在する場合でも右監督権限行使にあたつては、法により保護されるべき一般的利益と権限行使によつて不利益を受くべき宅建業者の法益との比較衡量はもちろん、違反事実の是正措置やその努力の状況、事案の軽重、悪質性、社会的状況等を総合的に考慮して権限行使の時期や行使方法を決定すべきもので、知事の富国地所に対する法所定の監督権限の行使は適法であつた。

3  同5のうち、知事が原告ら主張の苦情申立を受けたことは認め、その余は争う。

ただし、右苦情申立事案については、高畑係長の指導により当該売買契約は解除され、代金も返還されて解決した。

4  同6のうち、知事が原告ら主張の苦情申立を受けたこと、富国地所に対して昭和四八年一〇月一六日聴聞を実施したこと、その結果同会社に対して行政処分をしなかつたことは認め、その余は争う。

以下具体的に述べるように知事の富国地所に対する法所定の獲得権限の行使は適法であつた。

知事は、昭和四八年七月から九月にかけて受けた苦情申立につき、いずれも関係者から事情を聴取し、指導するなどした結果、これらの苦情申立はすべて円満に解決された。すなわち、家永光清の件は同年八月三〇日、見並厚の件は同年一一月五日、いずれも売買契約が合意解除され、支払代金が返還された。富田幸一の件は売買対象物件を他の物件に変更することで解決をみた。手島昇の件は富国地所に前金保全の措置をとるよう指導し解決させた。

また、聴聞実施の結果判明した法違反事実については、行政指導による是正可能な事項であるので、知事はその指導をし、岩崎も是正について誠実な態度を示した。

(一) 法三条一項(免許)については、富国地所の営業の中心は大阪府下にあり、本店所在地である神戸市内ではほとんど営業をしていないことが判明したが、そのまま大阪府下でのみ営業を継続するのであれば、大阪府知事の免許に免許換えをすればよく、その場合、実際に営業活動を行つている事務所所在地を管轄する大阪府知事のした聴聞及び指示処分で十分改善されると判断されたので、その旨指導するにとどめ、あえて処分をしなかつた。

(二) 法三二条(誇大広告禁止)については、富国地所の広告物には本社大阪、支店神戸の表示が用いられていたが、右表示についてはこれを変更するよう指導した。

(三) 法三五条(重要事項の説明)については、従業員に重要事項の説明をさせていたことが判明し、また、物件説明書に記入漏れ等不備な点がみられたが、専任の取引主任者は設置されており、富国地所からも聴聞以前にこれらの違反事実について改善報告がされ、その見込みがあると判断されたので、今後は取引主任者に説明させるよう指導した。

(四) 法四一条(前金の保全)については、聴聞実施の前後に知事の指導によりその措置がとられ、すべて解決した。

(五) 法四四条(不当な履行遅延の禁止)及び法四七条一号(業務に関する禁止事項)については、聴聞実施後速やかに物件の移転登記手続がされ、簡易水道の件も兵庫県社保健所の見解を求めており、三田ハイランド第三期造成工事については、すでに今田町役場に開発指導要綱に基づく事前協議を申請していた。また、知事は、水質検査及び簡易水道整備を至急実施するよう指導した。

さらに聴聞当時、すでに富国地所が多数の者に分譲地を販売していたため、同会社に対し直ちに業務停止又は免許取消処分をすると、同会社と既存の購入者との間に混乱を生じ、同会社を倒産に至らせ、かえつて多くの購入者に被害を与えることが強く懸念された。

5  同7は争う。

原告らは、本件各土地の購入に際して、現地確認、不動産登記簿の調査及び立地条件(所在位置、地目、形状、周辺状況、公共施設の整備、交通事情等)の調査をし、不審な点があれば市町村役場に照会するなどして不測の損害を被らないよう注意すべきであつて、その調査確認さえしていれば購入予定地の将来の見込みを容易に判断することができたのに、これを怠つたのであり、このようにわずかの注意をもつて損害を回避することができる事情がある場合には、たとえ購入により損害を被つたとしても、知事が法上の監督権限を行使すべき義務を負わなければならない理由はない。

また、原告らの購入した各土地のうち、兵庫県加東郡社町上三草字寺ノ西の土地、同県多紀郡今田町今田字一本松の土地、同県加東郡社町下久米字北鹿野の土地は、いずれも栗園として分譲され、宅地として分譲されたものではない。同県多紀郡今田町下立杭字武士ケタの土地は山荘風に造成した土地で、阪神地区への交通の便がよく、分譲地内の道路はすべて舗装され、給・排水施設も一応設けられている。同町上立杭字宮の北の土地は山荘風に造成した土地で阪神方面への交通の便が比較的よい。

したがつて、宅地として使用できないことによる損害を被つたとはいえないうえ、原告らは昭和四八年から同五一年にかけての土地ブームを背景に、各土地を投機的対象物件として購入したものであるから、たとえ不利益を被つたとしても、それは単なる見込み違いであつて、損害にはあたらない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実について判断する。

<証拠略>によれば、原告らはその主張の日に富国地所から、直接あるいは富国開発らを介して、その主張の各土地を購入したこと、その際、各土地につき販売担当者からその主張のような説明を受けたが、実際は各土地は右説明のような条件を具備しないものであつて、富国地所及び富国開発はその事情を知りながら、販売担当者において、原告らに対し誇大ないしは虚偽の説明をし、極めて不公平な取引方法を用い、原告らを誤信させて各土地の売買契約を締結させたものであること、富国地所が昭和五四年一二月ころ、三田ハイランド三期分譲地の宅地造成工事を中途で放置して倒産したこと、結局、原告らは各土地の購入目的を達しなかつたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、富国地所及び富国開発の原告らに対する各土地の売買は、不法行為にあたるものというべきである。

二  原告らは、知事が富国地所に対する監督権限を行使すべき義務を怠つた旨主張するので、以下この点について判断する。

1  法は、「宅地建物取引業を営む者について免許制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正とを確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、もつて購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化とを図ることを目的」(一条)として制定され、宅建業者の事務所設置場所が二以上の都道府県にわたるか、一の都道府県内のみかにより、免許権者を建設大臣、あるいは都道府県知事に区分したうえ、都道府県知事にその免許を付与した宅建業者に対し、所定の事由がある場合には必要な指示、業務停止(六五条一項、二項)及び免許取消(六六条)の行政処分をしたり、その区域内の宅建業者に対し指導、助言、勧告(七一条)をし、また業務の報告を求めたり職員による立入検査(七二条一項)をする監督権限を付与している。そして、行政処分をしようとする場合には、宅建業者に対して釈明及び証拠提出の機会を与えるために公開による聴聞(六九条)を行うことを都道府県知事に義務づけている。このことから、知事は法一条所定の目的を達成するために、付与された監督権限を適正に行使すべき義務を負つていることはいうまでもないが、右監督権限の行使は法の規定等からみて知事の合理的判断に基づく裁量に委ねられており、かつ、その行使の義務は原則として行政目的達成のために一般国民に対して負う抽象的な行政上の義務であつて、具体的な法律上の義務ではないというべきであるから、右監督権限の不行使については原則として違法の問題は生じない。

しかし、知事の監督権限の不行使が裁量の範囲を著しく逸脱し、著しく合理性を欠いていると認められる場合には、その不行使は取引関係者個人との関係でも違法となり、その結果生じた損害を被告において賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。

2  そこで、まず原告らが主張するように、昭和四七年の苦情申立直後に知事に監督権限行使の義務違反があつたか否かについて検討する。

富国地所及び富国開発が富国グループに属する会社であつて、富国地所の代表取締役が岩崎であること、同会社の法所定の宅建業免許の取得及び更新の時期が原告ら主張のとおりであること、富国地所が開発、分譲した東条湖ハイランドの土地購入者の一人から昭和四七年に知事に対し原告ら主張のとおりの苦情申立があつたことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右苦情申立を受けた知事の法に基づく監督権限の事務を分掌する兵庫県建築部建築振興課宅建業係の高畑係長(同四六年四月から同五〇年三月まで在職)は、直ちに富国地所の代表者である岩崎を呼出して釈明を求めたうえ、購入者の苦情を解決するよう強く求めるとともに、販売方法等について指導した結果、右売買契約が合意解除され、購入者に代金が返還されて解決した。そして、その後は、同四八年七月まで富国地所に対する苦情の申立はなかつた。また、同宅建業係は当時苦情申立があつた場合、当該宅建業者に苦情にかかる事実を確認し、事案に応じて解約、返金等の和解を勧めて購入者との紛争を解決するように指導し、再び紛争を起こさないよう注意するにとどめ、当該宅建業者の業務内容を独自に調査したり、行政処分に付したりしない例が多く、右苦情申立についても高畑係長は行政処分に付する必要を認めなかつた。

右事実によれば、右苦情申立については、知事の行政指導により解決され、他に苦情申立もなかつたのであるから、たとえ富国地所が多数の者に土地を分譲しているとしても、右の苦情申立があつたことから、直ちに同会社において不正な取引活動をしていると考えることはできず、したがつて、知事の右権限行使の方法の選択は未だ、裁量の範囲内にあり、著しく合理性を欠いていたとはいえないというべきである。

3  原告らは、さらに同四八年の聴聞実施後には知事の作為義務が発生した旨主張するので、この点について判断する。

知事に対して同四八年七月から同年九月にかけて原告ら主張の苦情申立があつたこと、そこで知事が同年一〇月一六日聴聞を実施したこと、聴聞実施までにも原告ら主張の苦情申立があつたことは、当事者間に争いがない。

<証拠略>を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

同四八年七月二三日、家永光清からの苦情申立を受けた高畑係長は、岩崎に対し、物件説明書に重要事項の記入がされていないことを指摘し、東条湖ハイランドの分譲地に関する報告を求めたところ、岩崎は同年八月二日ころ、右分譲地について電気及び簡易水道の工事は同年九月末に完了予定であること、兵庫県社保健所の水質検査によれば浄化装置を取り付ければ上水道として使用可能であるので右取付後再度水質検査を依頼する予定であること、家永光清の解約の希望には従う旨の報告をし、同月三〇日売買契約は合意解除され支払代金は返還された。同年九月一六日の手島昇からの苦情申立については、高畑係長は購入者である山崎幸子から事情聴取のうえ、前金保全措置を請求するよう勧め、富国地所に対しても右措置を取るよう指導し、その他の苦情申立にかかる紛争についても速やかに解決するよう指導した。

一方、大阪府でも富国地所の土地分譲に関する苦情申立が相次いだため、大阪府知事は同年九月二一日、大阪府建築部建築振興課宅建業指導係長の茨木耕作に同社に対する聴聞を実施させ、高畑係長もこれに立会つたが、右聴聞の結果、富国地所は(一)建設大臣免許がないのに、広告物に本社大阪、支店神戸と表示していたこと、(二)前金保全措置をしていない販売があつたこと、(三)三田ハイランドの分譲地に関して、所有名義が富国地所でないのに物件説明書にその旨の記載をせず、重要事項につき不実のことを告げたことが判明したが、前記茨木係長は、富国地所は業務内容が杜撰ではあるが、悪質な業者ではないとの印象を持つたことから、直ちに行政処分に付することは見合わせ、とりあえず、指導をするとともに、高畑係長に対して、同会社に対する行政処分については相互に連絡をとり合うことにしようと伝えた。

高畑係長は、以上のような分譲地購入者からの苦情申立、岩崎からの報告、大阪府知事の実施した聴聞の結果などから富国地所の前記の事実が法三条一項、三二条、三五条、四一条、四四条、四七条に該当するおそれがあり、富国地所に対し一か月程度の業務停止処分(法六五条二項二号)に付することが相当ではないかと考え、右処分の前提として聴聞を実施すべく、兵庫県建築部長の決済をえたうえ、同年一〇月一六日富国地所に対し聴聞を実施した。右聴聞及びその際岩崎から提出された報告書から判明した事実及び岩崎の釈明は、次のとおりである。

(一)  建設大臣免許を取得していないのに取得できるものとして二府県にまたがり、本社、支店と広告物に表示したこと

(二)  重要事項の説明及び物件説明書の記名捺印は、宅地建物取引主任者である岩崎がすべきであるのに、資格のない他の従業員がしていたこと

(三)  前金保全措置は、見並厚には一部についてしたが、富田幸一には全くしていないこと

(四)  工事の状況と引渡の時期に関して、東条湖ハイランドについては、水道及び電気工事以外の工事は完了して引渡ずみであり、三田ハイランド一、二期については、同年一一月中に完全な物件に整えて引渡す予定であること、三田ハイランド三期については、宅地造成等許可の事前手続である知事に対する事前協議申出書をすでに提出し、昭和四八年九月一八日兵庫県の審議が行なわれ、その決議書類が同年一〇月五日今田町に発送されることになつているので、その到着次第、指導要綱による承認申請及び宅地造成等規制法による許可願を提出する予定であり、もと所有者が死亡したために遅れていた購入者に対する所有権移転登記手続も同年一〇月二五日頃から開始する予定になつていること

(五)  購入者に対し、電気及び水道の整備が不十分であるにもかかわらず、完備しているとの不実の事項を説明したり、物件説明書にもその旨記載しているが、東条湖ハイランド及び三田ハイランド一期、二期については、水質検査は未了で、水量も不明であるが、浅井戸の掘削及び排水路の整備をし、水利権も問題がないよう措置しており、三田ハイランド三期については計画中であること

(六)  苦情申立をした購入者との事後の対応に関して、同年九月一一日に苦情申立のあつた富田幸一の件は、売買対象物件を他の物件に変更し、家永光清の件は売買契約を合意解除して支払代金を返還し、いずれも解決ずみであり、同日苦情申立のあつた見並厚の件は解約の申出があつて検討中であり、浦川一夫からの苦情申立については話合の予定であること

なお、聴聞の際、岩崎は高畑係長に対し、購入者に絶対迷惑をかけないし、工事も速やかに完了し、今後法令に違反するようなことはしない旨誓約するとともに、苦情申立をした者との間の未解決の紛争解決と違反事項是正のため、暫時の猶予と寛大な処分を要請した。

そして、高畑係長は聴聞実施の結果から次のとおり指導した。

(一)  苦情申立をした者との未解決の紛争については、購入者が納得できるよう解決すること

(二)  免許取得については、大阪府と兵庫県の各区域内に事務所を設けて営業を行うならば建設大臣の免許を取得すること、もし、知事の免許のままで営業をするなら兵庫県下に限つて行うこと

(三)  重要事項の説明は、取引主任者がすること

(四)  造成工事を早急に完成すること

(五)  井戸の水量及び水質につき明らかでないので、保健所から検査及び指示を受けること

しかし、高畑係長はこれまでの指導により岩崎に紛争解決及び違反事項是正の態度が十分見受けられ、すでに聴聞がすんでいる大阪府知事の行う行政処分の結果も考慮する必要があつたことから、聴聞に立会つた部下(宅建業係主査)の中村道只とも相談して、しばらく様子を見ることにしたところ、その後見並厚及び浦川一夫の各苦情申立の件についても、いずれも契約の合意解除と支払代金を返還することで同人らの要求に沿つた解決がされた。

ところで、当時高畑係長の所属する宅建業係の実際上の処分基準は、指示処分を二、三回受けたり、行政指導に従わず、不備事項の解決に誠意が見られないような悪質な業者である場合に停止等の強い行政処分をするというものであつたが、右のように、富国地所は指導に従つて、苦情申立をした者と紛争をすべて円満に解決したので、高畑係長は、当初考えていた業務停止処分ではなく、それよりも軽い指示処分に付するのが相当であると考えるに至つたところ、同年一二月一一日付で大阪府知事から富国地所に対し指示処分が行なわれ、その後、富国地所は三田ハイランド三期分譲地に関して、兵庫県三田土木事務所に対し、同年一二月一〇日指導要綱所定の開発行為の承認を、翌四九年一月一〇日宅地造成等規制法所定の宅地造成工事の許可をそれぞれ申請し、また、順次購入者への分譲地の所有権移転登記手続を履行していつた。

右のような状況から、高畑係長は以下に述べる理由で富国地所をいずれの行政処分にも付さないことにし、同四九年一月下旬ころ、岩崎に対してその旨伝えるとともに、以後違反行為をしないよう重ねて注意した。

(一)  高畑係長在職当時の昭和四六年から同五〇年にかけては、土地ブームの最中で投機目的で土地を購入する者が多く、紛争も多発していたところから、兵庫県宅建業係の紛争処理の取扱いとしては、できるだけ行政指導によつて解決を図り、行政処分を予定して聴聞を行つた場合でも、違反が軽微で是正可能であれば、行政処分をせずに終わることも少なくなかつたこと

(二)  苦情申立をした者との紛争はすべて円満に解決されたこと

(三)  聴聞は、背後に行政処分を控えているので、これを受ける者に対して心理的強制を加えて違反事項を是正させる行政指導の要素もあり、富国地所についてはこれによる効果も十分あつたと認められたこと

(四)  大阪府知事がすでに同会社を指示処分に付していたので、重ねて同種の処分をする必要がなくなつたこと

(五)  岩崎は、高畑係長の指導に従つて直ちに購入者との紛争を解決し、購入者への移転登記手続もすませ、三田ハイランド三期分譲地の造成工事についても、着工には至つていないものの、兵庫県三田土木事務所の指示に従い工事開発のための所要の手続を進行していたことなど、苦情の解決及び違反事項の是正につき誠意が見られたこと

(六)  もし、業務停止若しくは免許取消の処分に付し、同会社が工事が未完成の状態で倒産した場合、他の多くの購入者にも損害を与えるおそれがあつたこと

以上の事実に基づいて、聴聞実施後、知事が富国地所に対し、行政指導をするにとどめ、何らの行政処分を行なわなかつたことが違法であるか否かを検討すると、前記認定事実のように、同会社は知事の指導に従つて、苦情申立をした購入者との紛争をその都度円満に解決するとともに、購入者への所有権移転登記手続、関係官庁の許可、諸供給設備の整備及び三田ハイランド三期分譲地の宅地造成工事等に向けて逐次是正し、又はその努力をしていたことが窺われるのであるから、知事が業務停止等の強い行政処分で臨まなければ、聴聞以後も同会社が苦情申立の内容と同様の違反行為を繰り返し、前記一項で認定したような不正な取引活動をすることを予見することは困難だつたというべきあり、ましてや、同会社が三田ハイランド三期分譲地についての宅地造成工事を完成させないまま倒産し、原告ら多数の購入者に被害を与えるに至ることは全く予想されないことであつた。

また、高畑係長は聴聞実施の前後を通じて同会社に対し、苦情申立にかかる紛争の解決と違反事実の是正について行政指導を行い、報告書を提出させるなどしており、同会社もこれに応じて指導に従い、苦情申立にかかる紛争を解決するとともに、その他の違反事項についても徐々に是正の努力をしていたところ、知事が同会社に対し聴聞実施後直ちに業務停止若しくは免許取消の行政処分に付することは、同会社を倒産に追い込み、かえつて、すでに土地を購入した多数の者の利益を害するおそれがあるばかりでなく、右行政処分が当該宅建業者にとつて極めて不利益の大きい処分であることを考慮すれば、当時においては、同会社に対して右行政処分をすることが必ずしも有効適切な方法であつたとはいえない。

さらに、原告らは富国地所から各土地を購入する際、土地の所在場所を認識しており、現地を見分していることが窮われるのであるから、購入予定地について、直ちに客観的な価格及び将来の上昇を正確に算定することは不可能であつたとしても、住居地の適性や投資対象物件としての将来性を概略的にであれ把握することは必ずしも困難ではなかつたはずである。

これらのことから考えて、知事が聴聞実施後に富国地所に対して業務停止若しくは免許取消の行政処分をすべき義務があつたということはできず、右のような知事の監督権限不行使は、なお裁量の範囲内にあり、著しく合理性を欠いているものということはできない。

三  以上の次第で、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川敏男 野村利夫 松井千鶴子)

別表 <略>

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